いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

やまいだれの歌

西村賢太の『やまいだれの歌』を読了した。

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昨年の締めに続いて、今年の読み初めも西村賢太の作品であった。まだまだ彼の作品読破へと向けた道半ばにあるゆえ、しばらくはこれが続くものと思われる。

 

さて、本作は彼の初となる長編作品である。著者の経験に基づく私小説であるとこ、主人公が北町貫多であることに変わりはないが、なるほど、短編集とは一味違う面白みが感じられた。

 

まず、これまで読んできた作品たちと異なり、主人公の時間軸は19歳にまで戻っている。私がこれまで読んだのはもっと後の年齢のものだったので、若さゆえか、まだ諦念に染まりきっておらず、僅かばかりの野心とアグレッシブさが見られるのが新鮮に思えた。

 

それでも根っこの部分は相変わらず“ゲス”という他なく、期待通りに痛快な転落劇を楽しむことができる。とはいえ本作の彼には多少の不憫さも覚えた。結局は自業自得なのだが、それでもうまくいかない彼の人生にやるせなさも感じたのだ。

 

読み始めは、やはり短編の方が面白いか、と疑いの気持ちも抱いていたが、今作は長編で読んでこそ味わえる哀愁を題材にしていたこともあり、とても楽しめた。今まで読んだ中においても一番の作品ではないか。西村作品の最初の一冊にも良いかもしれない。

 

また後半、彼がとある私小説作家にのめり込み、徐々に文学を心の拠り所としていく描写も個人的にはグッときた。ここが未来の芥川賞作家の第一歩となったわけだ。彼のその後にこそ興味がある。次作も読もう。