いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

蝙蝠か燕か

西村賢太の『蝙蝠か燕か』を読了した。

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作者の没後、追悼するように出版された近年の未収録作版集だ。生前、最後に書き終えたという短編作品(遺作は未完であった)も収録されている。

 

作者の急死に伴い、話題先行で出された本という印象だったのであまり期待せずに読んだが、本当に死の直前に書かれたものもあり、とても読み応えがあった。

 

表題作は、死の数ヶ月前に書かれたものであるようだ。作中、作者の分身である主人公が、今後の執筆計画についても語っているのだが、読者はそれが実現されることがないことを知っているので、とても切ない気持ちで読み進めることになる。

 

なんだか『100日後に死ぬワニ』を読んでいるのと似た感覚を覚えた。これからやりたい事、やるべき事もたくさん列挙していたのに。人生とは本当に儚いものである。

 

また作中、コロナによる外出自粛の期間に触れる場面もあり、作者が本当に私たちと同じ世界で生きていたことを、改めて実感させられたのであった。当たり前の話なのだが、あまりに自分と距離のある世界観の話を読んでいたので、なんだかとても不思議な気持ちになった。

 

さて、これでついに作者の最終作品まで読み終えてしまった。次は、未読の過去作を、今度は初めから順番に読むこととしたい。

 

ただ、それに着手するまでには少しインターバルを空けようと思う。しばらくは今のこの余韻に浸るのだ。