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文学パパが綴るかけがえのない日常

劇場

又吉直樹の『劇場』を読み終わった。
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芥川賞作家の2作目の小説だ。最後まで一気に読めた。静かに幕が上がり、後半になるにつれて盛り上がる、まさに舞台のような作品だった。

 

主人公は演劇に取り憑かれたしがないダメ男で、その恋人との恋愛模様が物語の中心に据えられている。

 

変わらずに演劇に打ち込む主人公と、学生から社会人になり大きく変わっていく彼女とのすれ違いが、読んでいてとても切なくなった。主人公もスピードが違うだけで、着実に成長していってはいるのだけれど。

 

冒頭にも書いたが、中盤以降になると俄然面白くなってくる。又吉の筆も乗ってきたかのようで、地の文における表現や描写も文学的に冴え渡ってくる。

 

演出上、計算してそのように書いているのかもしれないし、単に前半部分を書いたところで一度期間をあけ、その間で『火花』を書き上げたそうなので、書いた時期による違いがでてきているのかもしれない。いずれにせよ、後半部分の読み応えは十分だった。

 

私は芥川賞受賞作の『火花』も読んだが、今回の『劇場』の方が好きだった。どちらもお笑いや演劇といった馴染みのない世界の話なのだが、『劇場』の方が恋愛という普遍的なテーマも主軸にあるため、感情移入しやすかったのかもしれない。

 

ただ、どちらの作品も風変わりな登場人物に、又吉自身が考えていることや、信念、哲学を代弁させるというスタイルは同じに思えた。筆者がお笑い芸人で個性的な人間だからこそなせる業だが、それ頼りの一本調子な小説の書き方、とも言えるかもしれない。

 

それは間違いなく又吉にしか書けない作品だが、逆に言うと、彼はそういった作品しか書けないのかもしれないな、と2冊読んで率直に思ってしまった。

 

別に作家は作品の幅をもっていなければならないわけではないのだが、あるに越したことはないと私は考えている。そういった意味では、次の作品で真価が問われるのかもしれない。(新作『人間』は10月発売のようだ)

 

なんにせよ、一気読みしてしまうほどに楽しく読めた。次の作品以降も文庫化されたら読んでみるつもりだ。