いつかこの日々を思い出してきっと泣いてしまう

文学パパが綴るかけがえのない日常

雨滴は続く

西村賢太の遺作『雨滴は続く』を読了した。

f:id:pto6:20230321222408j:image

作者史上おそらく最長の作品。その執筆途中で逝去されたゆえに未完となっている。最後まで書かれたらどれほどの厚さになっていたのだろう。

 

物語は終盤には差し掛かった辺りで止まっているが、おそらくはここからもうひと盛り上がりくらいは設けられていたに違いない。ちょうど面白くなりそうなところで終わっているので、本当に残念でならない。

 

私が西村作品を読み始めた当初の目的であった、彼が自堕落な生活からどのように小説家の道を歩み始めたのか、が把握できる時代について書かれている作品だ。ゆえにこれまでの作品以上に興味を持って読み進めた。

 

相も変わらず、主人公は下心と強すぎる拘り、見栄と虚勢と自己中心的な思考回路をおくびもなく披露してくれるのだが、そこに小説に対する揺るぎない想いも挿入されることで、彼の中にある情熱や信念のようなものをこれまで以上に感じられ、とてもよかった。

 

また、あまり苦労もなくひと月にも満たない期間で作品を書き上げたり、とんとん拍子で文芸誌への執筆仕事が決まったりするところを見る限り、やはり彼は才能に恵まれた人だったんだろうことが再確認できた。

 

小説家を目指し、苦労されている方が読めば、なんて恵まれた順風満帆な作家人生だと、腹が立つに違いない。そのうえ、後には芥川賞までとるのだから、なんとも輝かしい道を歩かれている。

 

ただ、そんな小説家の街を歩み始めてからも、彼の原動力はそれ以前とあまり変わらず、女性であったり、お金であったりするのが実に彼らしい。作家デビューと共に高尚な精神も養われていくのかとも思いきや、まったくそんなこたがなかったのが可笑しかった。

 

彼の作品としては、この遺作の後に出された未収録作を編んだ追悼本一冊のみである。そこまで読んだら、しばし期間を空け、第一作からまた読み進めたい。